第7話 フロッピー

 

 十兵衛は軽い足音を立てて、インド南部の小さな村の、人気のない空き地に降り立つ。
 広大なインドの地も、十兵衛の身体ひとつあれば縦断するのに六時間も掛からない。
 大きな観光地もないこの村で、明らかに余所者である十兵衛の小奇麗な姿は目立っていたが、彼は構わず大通りへ出た。
 目指したのは、村の外れの小さな家。
 十兵衛は通行人に、とりあえず補助公用語の英語で話しかける。
「すみません。こちら、ミーナ先生のご実家ですか?」
 何とか通じたらしく、通行人は肯定する。
「でも、ミーナちゃんは大学に行ったっきり、ここへは帰ってきていないわ。ここにいるのはミーナちゃんのお父さんのお母さんだけよ」
 十兵衛は礼を言って、そっと家の中を覗き込む。
 出掛けているのか、人の気配はなかった。
Tuma kauna hō誰だ!?」
 嗄れた声に驚きながら振り返る。
 十兵衛より少し小柄な、背中に荷物を抱えている襤褸を着た老婆が、敵意を剥き出しにして彼を睨みつけていた。
「はじめまして。ミーナさんのお祖母さんですか?」
 十兵衛が一礼して英語で訊ねる。
 ミーナ、という名前に老婆の眉がぴくりと跳ね上がる。
「お前、ミーナのことをどうして知っている?」
 老婆は、十兵衛にとっては意外だったが、流暢な英語で問い返してきた。
 十兵衛は敵意のないことを表すように微笑みながら告げる。
「ミーナさんがアニル・アルシャド研究所で行っている研究について、お訊ねしたいことがあります。お話を聞かせて頂けませんか?」
 老婆は険しい表情をしていたが、すぐに「入れ」と十兵衛を家の中に引き入れた。
「ミーナのことをどうして知っている?」
 老婆は荷物を下ろして、十兵衛に背を向けたまま、小さな棚の抽斗を開ける。
 十兵衛は微笑みを絶やさず、答える。
「ミーナさんが行っている研究に興味があって、調べていたんです。ご実家とは連絡を絶っていたご様子でしたが、一度だけ、あなたが急病で倒れたときにミーナさんから医療費が送金されましたね? そこからここを割り出しました」
 十兵衛はなんでもないように答えるが、すべて聖に頼んで調べてもらってようやくたどり着いた情報である。
 老婆は「はぁ」と溜め息を吐く。「まったく、この婆はあの子の足を引っ張ってばかりだね」
「教えてください。ミーナさんはなにをしようとしているのか」
 十兵衛は一歩踏み出す。
 それと同時に、老婆が素早く振り返る。
 しわくちゃの手に、古びた拳銃が握られていた。
「誰にもあの子の邪魔はさせない。あの研究所のゴミ共も、この国も、私たちの敵だ」
 十兵衛は拳銃を向けられているにもかかわらず、冷静に思考する。
「ミーナさんは復讐のために研究所にいる。そしてあなたは研究所の人たちのことを『私たちの敵』だと言う。じゃあ誰の復讐か? たぶん、家族。……ミーナさんのお父様、あなたの息子さんの復讐…… ですね?」
 老婆の目が見開かれる。
 沈黙が肯定を表していた。
 老婆は声を震わせながら訊ねる。
「何者だ、お前は」
「あ、自己紹介がまだでしたね。失礼しました」
 十兵衛は微笑んでいた。
「高辻十兵衛。魔王陛下の、騎士です」

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