第15話 糸電話

 さて、背後には神妙な面持ちのエデン、前方にはほたるを抱えて逃走しようとする古賀がいるわけであるが。
(マモル、またいきなり出てきて……)
『だってー!』
(せめて前置きしてくれよ。言いたいこと言ったらすぐ俺に丸投げなんだから)
『それはゴメンだけど、トオルもヒートアップしてたじゃん。ボクが出てる間に頭も冷えたでしょ?』
(……それは認める)
『結果オーライってことにしない?』
(……わかったよ)
 一件落着。
 次の目標はほたる奪還および古賀確保である。
 ビル街での美雪と隼人の連携は記憶している。液状化した相手を動けなくするには隼人の衝撃波で吹き飛ばせばいい。隼人の異能は学習済みである。ただし、やはりというか、隼人ほどの威力はない。もちろん美雪の指導の下、再現度を上げる工夫はいくつか考えた。
 隼人の衝撃波というのは要するに空気の振動、文字通り「波」である。波形を保ったまま目的物にぶつければいい。
 言うは易し、行うは難し。目的物との距離が遠ければ衝撃を乗せた波も元の形を失い消えてしまう。ある程度近くても、障害物があると、亨が生み出せる波ではそれらに吸収されてしまう。
 障害物、例えば、立木。
 移動を続ける古賀との距離は五〇メートルほど。そしてその間には何本もの杉の木が、まっすぐ天に向かって伸びていた。
『間伐しちゃえば?』
(鏑木みたいな力技は持ってないし。あとここ美観保護区)
『ミスズの異能はどのくらい再現できるんだっけ?』
(蜘蛛の糸くらい)
 美鈴から学習して安定して生み出せるようになった血の蔓は本当に、蜘蛛の糸ほどの細さしかない。太さを代償として、本家にも負けないしなやかさと強靭さを追究した。美雪曰く、それが美鈴の異能の最大の強みだから。
 亨の持てる武器は、上述の通りどれも不完全なものばかり。だがひとつ、障害物の向こう側にいる古賀に衝撃波をぶつけるための案は、頭の中にある。
 それを実行に移す前提条件を、亨が満たしていないだけで。
「ちょっと、なに立ち止まってんの」
 不機嫌な少女の声で思考を中断する。エデンは亨の隣に進み出て、ぼそりと零す。
「……悪かったわよ」
「は?」
 思ってもみなかった言葉に、無意識に間抜けな声を漏らしてしまった。このタイミングで、というのもあるけれど、主には、この少女がそんな殊勝な言葉を知っていたのかという点で。
 エデンはますます不機嫌そうに、「だから、いろいろ! 嫌な気分にさせたり心配させたりしてゴメンってこと!」と言い直した。
 白い握りこぶしが震えているのに気づく。
 今までの身勝手を許してもらえるか、不安なのだ。
「……いいよ。俺こそ、怒鳴ったりして、ごめん」
 エデンの緊張はいくらか解れたらしかった。横目で亨の顔を見上げる。
「……なにか方法はあるの? ほたるを取り返す、一発逆転みたいな方法」
「ひとつ、考えてることはある」
 前提条件を満たす、エデンが一緒なら。
 乾いた唇を舐めて、悪戯小僧みたいに口角を上げた。

   ❃ ❃ ❃ ❃ ❃ ❃ ❃ ❃

 いつだってわたしは、守る側の人間だった。

 父のことは覚えていない。籍だけは今でも残っているし、母も父の帰りを待っていたから、居ないと言い切るのは躊躇われるけれど、ほたるの記憶の中に父という人は存在しなかった。覚えているのは母のことだけ。
 スウェーデン人の祖母から譲り受けた白い髪を、母は人目から隠すように黒く染めていた。あまり好きな色ではなかったのかもしれない。だから、自分と同じ白い髪をもって生まれたほたるを、母は失望に似た気持ちで抱き上げたそうだ。エレメンタリーに入学するまで、ほたるも母と同じく髪を黒に染めて過ごした。
 黒い髪のほたるを、母は愛してくれた、と、思う。丁寧に丁寧に、母の手で黒く染まる髪。『これはおまじないだから』と、母は何度も繰り返した。『こうすれば愛してもらえるから』そう言ってもう一櫛、染料を髪に擦り込んだ。
 誰に愛して欲しかったんだろう。母にとってのそれは間違いなく父だった。
 父と母は週に一度ほどの電話だけで繋がっていた。電話の内容は今となっては知る術もない。ただ、父からの着信のたびに表情が明るくなり、通話が切れるとヒステリックに受話器を投げ捨てぼろぼろと涙をこぼす母を慰めるのが、ほたるの務めだった。
 八つ当たりみたいに叩かれたり、服を掴まれたりもしたけれど、しばらくしたら我に返って『ごめんね、ごめんね』と何度も自分が叩いた娘の腕を擦って、服の皴を整える。そして最後に決まってこう訊くのだ。
『ほたるは、ほたるはママと一緒に居てくれるのよね……?』
 ほたるも決まって答えた。
『わたしのママは、ママだけだから』
 あまり恵まれた環境ではなかったかもしれないけれど、思い返してみれば、母はただ、か弱いだけだった。
 母になるには些かか弱かった。そしてほたるも、一人で生きていけるほどの力はなくて。だから、ほたるが少しだけ母の支えになることで、どうにか母娘二人の家庭は成立していたのだ。
 そんな母との共同生活は、母が病に倒れてほんの数日のうちに幕を閉じた。
 静かな病室で看護師に気遣われながら見た、生きていた頃より穏やかな表情は、今も頭の奥深いところに焼き付いて消えない。
 誰が呼んだのか、どこから集まって来たのかもわからない親戚たちは、ほたるの扱いにほとほと困った。
 というのも、唯一の肉親であるはずの父親が出てこなかった。父親の代理人だというスーツ姿の男が相続を放棄すると言い置いて逃げるように去って行ったけれど、誰も彼を咎めなかった。保障かなにかでぎりぎりの生活をしていた母に遺産なんて大層なものは残っていなかったから大した問題ではなかった。加えて、母の生前ですらほとんど顔も見せなかった父親に、期待できる事柄なんてなかったのかもしれない。
 しかし、まさか身寄りのない小娘を放って葬儀場を後にするわけにもいかなかった大人たちは、気だるげに雑談を挟みながらほたるの押し付け合いをしていた。ほたるは壺に収まるほど小さくなってしまった母をぼんやり眺めながら、聞くともなしに大人たちの声を聞いていた。大学進学率が伸び続けている今の時代、子どもひとり養うのだって相当な負担になるわけで、進んでそんな貧乏くじを引き受けようとする物好きな親戚は現れなかった。ほたる自身、焼けて骨になってしまった母を見ても顔色一つ変えなかった自分は、可愛げがないどころか不気味な子どもだったとすら思うから、誰かを責める気にもならなかった。
 そういう経緯があったから、遺品整理の最中、SLWからほたる宛にエレメンタリーへの入学案内が届いていたのを見つけたとき、口に出さなくても誰もが安堵していた。誰も、子どもを見捨てた薄情者にも、子どもを抱え込むお馬鹿なお人好しにもならずに済んだ。
 当のほたるも、小学校入学という節目を、親族に迷惑をかけなくてよかった、くらいの心持ちで迎える結末となったことに、さして寂しさも覚えなかった。
 校則で黒髪の染料は洗い流された。この時だけはささやかではあるが反抗しようとした。しかし理容師は小難しい言葉を並べてほたるを黙らせ、怯んでいるほたるの髪にきつい臭いの薬剤を塗りたくった。
 母がおまじないだと丁寧に染めてくれた黒が抜け落ちた。鏡に映る自分は、母が疎んだ白髪。どうせ時が経てば染まっていない白い毛髪が現れてかえって見苦しいことになるとわかっているのに、その日の夜は母が死んで以来初めて涙がこぼれた。
 それでも、白い髪の毛をどうにか納得して迎えたエレメンタリー入学初日。たまたま後ろの席に座っていた女の子と、プリントを回す時に目が合った。女の子は、休み時間になると小さな声で、鏑木美鈴と名乗った。寮に入ってからクラスメイトになる女子には挨拶を済ませておいたが、彼女は異能者の姉と暮らしているらしく、初対面だった。美鈴はほたるのどこを気に入ったのか、休み時間になるたびに話をした。ほたるの白髪を気にして近寄るのを躊躇う他のクラスメイトたちと馴れ合う気になれなかったし、なにより美鈴の聡明さが好ましく思えたから、ほたるは美鈴と一緒に行動した。
 けれど、一か月ほど経ったある日、美鈴が隠していた事実を、誰かが嗅ぎつけたらしかった。
『みすずちゃんのおねえさんって、「白雪姫」なんだって』
 その頃から「白雪姫」の噂は有名だった。ハイスクールから編入してすぐジュニア隊員に認められた、成績優秀、難しい異能の扱いにも長けている、昔話のお姫様のように綺麗な女のひと。けれど、心は雪のように冷たくて、誰にも笑顔を見せない、怖いひと。任務中に人を傷つけても平気な顔をして過ごしている、氷の心をもったお姫様。
 でも、その白雪姫の妹はといえば、おどおどしていて、いつも自信なさげにしている、友達も少ないつまらない子。学校にも慣れて団体意識の目覚める時期にあったクラスメイトたちは、美鈴を排除することに連帯して協力することにしたらしい。その根源は、白雪姫への恐怖か、はたまた白雪姫の妹より上位に立つことの優越感か。
 気味が悪い、というのが、クラスメイトたちに対してほたるの抱いた感想だった。相変わらず、ほたるは美鈴と一緒にいた。美鈴の方から離れようとした時期もあったけれど、ほたるの方が引き留めた。
『気にする必要なんてないわ』
『わたしが一緒にいるから』
 そうほたるが言った時、美鈴は泣きそうな顔で笑った。
 ほたるが守ることになった、一人目の親友が、美鈴だった。 たまたま話をした気の合う子との縁を大切にしたかっただけだけれど、クラスに馴染めずにいる美鈴にとって、ほたるはたった一人の気の置けない友人になった。
 いつの 間にか教師たちの間で、ほたるは優等生ということになっていた。自分のルールと教師たちのルールがたまたま重なっていたのだろうと、褒められても浮かれることなどなく、冷静に判断した。
 クラスの投票で選ぶ学級委員になったことはない。それを聞くと大抵の教員は驚くけれど、ろくに話したこともないクラスメイトに投票する人なんていないのだから、ほたるにしてみれば当然のことだった。
 その代わり、教師からご指名をいただくことは多かった。三年生のはじめ、転入生の案内を任されたのも、そのひとつ。
『前の学校で、その…… クラスに馴染めなかった子なの。小野さんなら仲良くなれると思うけど……』
 なにを根拠に仲良くなれるのか、担任の発言には正直なところ無責任さを感じたし、美鈴の件を意識しているのがひしひしと伝わってきた。美鈴と一緒にいるのはほたるの希望でもあるのに、まるで慈善事業みたいに解釈されて転入生を押し付けられるのが気に食わなかった。
 一言文句をつけたいところだったが、それを飲み込んだのは、担任に呼ばれて近づいてきた女の子があまりに儚く見えたから。金色のさらさらした髪は頭の上の方で綺麗に二つに結わえてあって、目尻がちょっとだけ吊り上がっている、口をへの字に結んだ女の子は勝気にも見えたかもしれないけれど、色素の薄い瞳はゆらゆらと揺れながらほたるを見定めようとしていた。
 エデン・マクレガーというその女の子は、異国の言葉を必死に覚えて、初めてのテストでほたるの次によい成績を取って見せた。成績なんて正直どうでもよかったけれど、努力家な女の子の姿にほたるは好感を持ったから、エデンの助力になればと手を尽くした。和英辞書を図書館で借りて、美鈴も交えて三人で勉強会をした。
 ほたるの必死さが伝わったのか、エデンとも仲良くなれた。もっと仲良くなると、エデンは少々わがままが多いけれど普通の女の子だとわかった。ただ、彼女は他人との距離の置き方がわからなかったらしい。エデンと他のクラスメイトとの距離はいつまでも遠かったし、反対に、ほたると美鈴にはとても近かった。
 エデンが加わって、クラスメイトとの会話はますます減った。同時に、少しだけ安心している自分に、ほたるも気づいていた。
 美鈴とエデンさえ守っていればそれで十分な世界に、甘えようとしていた。
 母、美鈴、エデン。ずっと守る側にいたから、ほたるは自分の無力さを誰よりも幼い時期から知っていた。ほたるに守れるのはその小さな手のひと摑みほどでしかなくて、過大評価されるのも無闇に頼られるのも御免だった。守るものは少ない方がいい。父親も親戚もどうでもよくて、母だけでよかった。他のクラスメイトはともかく、二人の親友は守ろうと思っていた。
 ジュニアハイスクール進学とともにSLWのジュニア隊員として加入を認められた。学校での成績が勘案されて、三等からのスタートだった。ハイスクールに進学したとき準二等に階級が上がった。
 昇級したほたるを、たった一人を除いて皆が称えた。
『高慢さが目に表れているわ』
 配属された先で、班長の恩田美雪に、挨拶代わりとばかりに告げられた。予想はしていたが、妹の親友にも白雪姫は容赦がなかった。
 美雪の真意は誰にもわからなかっただろう。やっかみだと言う人もいた。
 ほたるにも、高慢な振舞いなんてした覚えはなかった。彼女の真意はずっとわからず、それでも美雪の発言をやっかみだとも思えずに、美雪とは打ち解けられないままでいる。
 今になって、美雪の言葉をようやく理解できた気がする。
 ハイスクールの春、出会った男の子は、守らなければならない人だったのに、守りきれなかった。
 ずっと大切にしていたつもりの親友なのに、留学から帰ってきたエデンの心を傷つけてしまった。
 高慢だった。この手で守れるものなんてひと摑みほどもなかったのだ。
 電話一本で泣き崩れた母を守れるほどの強さがあったなら、本当は二人だけでも幸せな家族でいられたはずだった。
 ほたるのために自分から離れようとした美鈴を引き留めたのは、ほたるこそ一人になりたくなかったからで。
 新しい土地で、今度こそたくさんの友人を作って笑えたはずのエデンを、自分の国に引きこもらせたのは他ならぬほたるだった。
 亨が誘拐されたとき、自分が浮かれていたことにようやく気づかされて、それでも変わらなかった、変わろうとしなかった。
 古賀に捕らわれ、人質にされている今になって、本当に理解できた。
 そうだった。わたしは弱い。
 たまたま守る側にいただけで、誰かを守り切れる力なんて初めからなかった。
『絶対助けるから待ってて!』
 異能に目覚めたばかりなのに、まだまだ未熟な新米捜査隊員なのに。
 いつの間にか美雪にも認められて、いつの間にかほたるを助ける側に立っていたあの男の子の声が、こんな状況なのにどうしようもなく嬉しかった。
 そう、弱いわたしは、ずっと守って欲しかったんだ。
 お母さんにも、お父さんにも、親戚の人たちにも、先生にも、美鈴にも、エデンにも、
 
 
 彼らにも。

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「聞こえる?」
「うん」
 声を押し殺して、木々のざわめきに隠れての作戦会議。
 エデンは自慢の耳で、亨は借り物の千里眼で、意思の疎通を図る。
「古賀の逮捕現場は俺も見てた。ハヤト先輩の衝撃波をぶつければ、短い間だけど身体が飛び散って行動不能にできる。五〇メートル走、何秒?」
「七秒は余裕」
「さすが。じゃあ小野さんの保護は任せる。俺が衝撃波ぶっ放したあと睡眠薬で古賀を眠らせるから、それまでに離れて」
 エデンが訝しげに亨の横顔を睨む。
「……さっきからポンポン出てくる異能は、全部アンタのもの? アンタ何者なのよ」
 当然の疑問であるが、亨にも説明できない事情がある。かと言って説明しなければエデンを警戒させ、せっかく見えた活路が消えてしまうかもしれない。厄介な立場だと改めて痛感した。
「……別に、いま説明できないならあとでいいけど。ちゃんと使えるんでしょうね」
 ところが案外、エデンの方から質問を撤回した。エデンの意識の片隅に、先ほど別れた親友の声が響いていた。エデンは、亨を信頼した美鈴を信じている。
 やっぱり強いんじゃないかと頼もしく思った。
「……俺のじゃない、借り物。しかも中途半端にしか使いこなせない」
「は? なによそれ、偉そうなのは口だけ?」
「話は最後まで聞けよ。借り物だけど、代わりに合成技が使える。鏑木の蔓を伝線に、ハヤト先輩の衝撃波を乗せれば、古賀を仕留めるには十分な威力になる」
 美雪監修のもと、原理もわかりやすい隼人の衝撃波は攻撃の入門編として、いくつか威力を上げる方法を編み出している。その中でも命中率・威力ともに優秀なのが、この『糸電話理論』である。
 一つの難点はあるものの。
「ただし、蔓が空気以外に触れたらアウト。障害物が多い所じゃ、この技は使えない」
 そこまで言えばエデンにも、亨が自分に頼もうとしていることが理解できた。彼女もほたる同様に成績優秀で、加えて勘がよかった。
「古賀との間に障害物がなくなる瞬間を、あたしの耳で聴き取れっていうのね?」
 亨が希望を見出したのは、エデンの実技を見学した際に、美雪が話していたエデンの超聴力。

『普段は天井からいくつもの鈴を吊り下げて、糸に触れずに移動する反響定位の訓練も行っているわ』

 亨にはまだそこまでの聴力がないけれど、そのオリジナルの異能者であるエデンならば、あるいは。
「合図が欲しいんだ。できる?」
「やる」
 問えば迷いのない意思が返ってくる。
 エデンはすでに反響する音に注意を向けていて、常でさえ繊細な聴力がますます研ぎ澄まされてゆく。
 隣に立つ亨は千里眼で、音に溶けそうになるエデンの意識を追いかける。虫たちの喧騒が耳元でドラムでも叩かれているかのように鳴り響き、風が草葉を撫でる音が分厚い紙の本をめくる時みたいに存在感をもって聴覚野に飛び込んでくる。こんな世界に彼女はいたのかと、音の濁流の中でも消えずにいるエデンの意思の強さを、亨は改めて思い知らされた。
 足元から蔓を生み出し、亨はエデンからの合図を待つ。
 エデンの聴覚野は大喧騒を処理し、古賀の呼吸音を、心音を、足音を、はっきりと捕らえた。

 そして、エデンたちと古賀との間に障害物のなくなった、一瞬。

「佐倉!」
「おう!」
 エデンの指さす先に、美鈴から借りて蜘蛛の糸ほどの細さに引き延ばした血色の蔓を、真っ直ぐに解き放つ。
 なににも遮られることなく古賀の身体に突き立った蔓の反対側を、亨の指が、琴を奏でるように、弾く。
「返してもらうよ」
 強さとしなやかさを持った血の蔓が、指先に込めた衝撃を乗せて震え、古賀の半液体状の身体を吹き飛ばした。

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