魔法使いによる四重奏

 

 四〇〇年前へと送り出されたその場所に戻ってきた廣光たちを待っていたのは、全方向から向けられる銃口であった。レオはつまらなさそうにそれを見回した。 
「なるほど、ベアトリクスたちを消すという歴史修正が起こらないのなら、せめておれ同様に捕縛しようってことかな。君たちにとっての『正しい歴史』というのはつまるところ、『結晶型異能者の生まれない歴史』なのだから」 
 廣光に向けていた短剣が引き戻され、ユーリの敵意は銃口の向こうの議員たちに向かう。表現は適切でないかもしれないが丁度良かった。廣光も真なる敵に太刀を構える。 
 一人、銃を持たず一段高い場所で見守っていたのは、レオ達を送り出した幹部議員だった。彼はレオの言葉にぴくりと眉尻をひきつらせた。 
「理解の早い獣だ。──その通り、神代における奇跡も、近現代における惨劇も、人類史上のイレギュラー、本来生まれるはずのなかった人外…… 異能者どもが齎した。我々は異能者を人類史から排除し、希望ある未来を手に入れるべく立ち上がった議員連盟、すなわち歴史修正議会である」 
「……異能者を排除とは、随分過激な主義を掲げたものだ」 
 廣光の声から温度が消えた。ベアトリクスは悲しげに瞼を閉じ、ユーリは不本意ながら廣光と同じことを考えたのだろう、忌々しげに唾を吐き捨てた。 
 レオはというと、蛇の尾をゆらゆら揺らしながら、変わらぬ呑気さで同胞たちに訊ねた。 
「じゃあ、おれも言いたいことは言ったし、そろそろお暇することにするね。まあ、みんなが逃げ切るまでちょっと撹乱するくらいなら任されるけど?」 
 廣光にとって、それはありがたい話だった。 
「ならば是非頼みたい。オレとユーリはともかく、ベアトリクスは実戦に向かない。ベアトリクスはオレが連れて行こう」 
「ご迷惑をおかけします、ヒロミツ」 
「オレは勝手にするぞ。こいつらの頭領の首、摘んでおかねぇと後々厄介だろうが」 
「なんでもいいから斬りたいだけだろう貴様は」 
 おおよその役割分担は決まった。ユーリについては関知しないことにした。勝手にしろ。 
「はいはい、ケンカしないで、これからは協力して戦うんだよ。君たちは最上級の異能者。すべての異能者を守る立場にあるんだから」 
 ばさり、空気を巻き上げながら黄金の羽が広げられる。その不意を突いて廣光はベアトリクスを抱き上げ、銃兵の頭をジャンプ台替わりに包囲網を抜け出した。別の方向で悲鳴が上がったのはユーリの仕業だろうからどうでもいい。 
 施設から飛び出ると廣光はただ走った。 

 

 自分の苦悩を馬鹿にしたレオも廣光も腹立たしいが、本当に許せなかったのは。 
 自分たちを使って、同じ人間であるはずのボリスまでもを亡き者にしようとした、この組織。 
 ……その根本から燃やし尽くさなければ、奴らは同じような茶番を繰り返すのだろうと思うと吐き気がして。本会議場と呼ばれるそこへ、ユーリは走った。そして。 
「頼む、殺さないでくれ、命だけは……」 
 会議場の真ん中で、命乞いをする幹部を前にユーリは呆れていた。自分たちを敵に回しておいて、人間のボディガード数人で身を守れるとでも思ったのか。そのボディガードはとっくに意識を失っていて、ユーリの足元に転がっている。 
 幹部は脚の腱を斬って動けなくさせたあと、一人ひとり嬲り殺すつもりだった。一人目はやかましいので声帯を掻っ切ったところでショック死した。二人目は逃げようとしたので脚を刺したら下手に動くせいで動脈に当たってしまい失血死。三人目には視界を奪って代わりに戦時中に仲間が受けた拷問の記憶を視覚野に流し込んでやったところ、半狂乱になって目玉を抉り出して動かなくなった。これが手軽な割に見ていて意外と面白かったので八人目くらいまで繰り返したがさすがに厭きてきたので斬り捨てた。色々と試したが、やはり仲間が殺されていく様を目の当たりにした最後の一人は格別に面白い反応を見せる。だらんとユーリの右手で持ち上げられた身体はピクリとも動かないのに、殺さないで、殺さないで、そう命乞いをするのは誰だろうか。 
「安心しろよ、殺すのにも飽きた」 
 でっぷりと太ったそいつを議長席から投げ捨てる。ああ、ありがとう、殺さないでいてくれてありがとう、そんな情けない声が響く。いつになったら気づくのだろうか。 
「もう死んでるし、な」 
 生きていた頃と同じ、でっぷりと脂肪を蓄えた男が「え?」と不思議そうにユーリを見た。それから自分と同じ顔、同じ体型の男が床に倒れているのを見つけて首を傾げた。 
 死んだくらいでは足りない。この怒りは収まらない。 
「テメェは冥界にも逃さねぇ。死してなお続く悪夢の中に永眠れ」 
 碧い眼球がぴきりと音を立て、燐光は状況を理解できていない男を包み込み。 
「キアァァァァァァァァァァァァァァ────ッ⁉」 
 ユーリにしか聞こえない悲鳴が議場に響く。 
 それを放って議場を出ると、「やりすぎじゃない?」と、とっくに飛び立ったと思っていたレオが舞い降りた。足りねぇくらいだよ、と吐き捨てる。 
「燃やす。記録が残らねぇように。馬鹿な真似を繰り返す大馬鹿が出てこねぇように」 
「君の献身はわかりにくい。だからヒロミツに誤解される」 
「なんでそこでヒロミツが出てくんだよ、クソ阿呆らしい」 
「まあいいけど。じゃあおれもそろそろ行くから。またな」 
「もう来るんじゃねぇ、疫病神」 
 悪態にわざとらしく肩を竦ませて、レオは今度こそ時空の果てに飛び立っていった。 
 それを見送ると、ユーリは自分の役目を遂行するため、まずは可燃性ガスの保管庫へと向かった。 

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