みんな、俺を知らないと言う。
山本も、村上も、怪訝な目をして俺を見ている。
美鈴も、エデンも、……たった一人を除いて、俺はクラスの誰の中にも居なくなっていた。
「小野さん」
だから、助けを求めた。
俺から目を逸らしている彼女に。
いつだって。図書館で、教室で、中庭で、遠い山奥で、暗い路地裏で。どこへでも駆けつけて俺を助けてくれた彼女に。
でも。
「……ここは、あなたの教室ではありません」
……ああ。そう。
「そっか。わかった」
不思議なくらい落ち着いた、落ち着きすぎてかえって冷たい声だと、自分でもわかった。
裏切られたという事実を前にしても、俺は冷静だった。かつてないほど冷静過ぎて、いっそのこと笑ってしまいそうだ。実際は手足に力が入らなくて、表情筋だってぴくりともうごかなかったのだけれど。
たぶん、目の前のほたるがあまりに怯えた目をしていたから。俺がなんとかしなくちゃって、わかってしまったから。
「わかった」
意味もなく繰り返す。なにがわかったのさ!と頭の中で響く少年の声に応えている余裕はない。
踵を返して教室を飛び出した。
当てなんてなかった。きっと俺は一人だ。追い込まれたのだ、たった一晩で。
ほたるの記憶の中にいた、くつくつと嗤う、緋色の魔王に。