カーテンの隙間から差し込む、お日さまの光が眩しい。鼻腔をくすぐるのは、おいしそうな朝ごはんのにおい。優しい甘さを含んだ香りは、きっとノワお姉ちゃん特製のフレンチトースト。ひまわりの種のバターと蜂蜜をたっぷりかけて頬張ったら、きっと、とってもしあわせな気持ちになるんだろうな。
ゆっくりと瞼を開けて、ふわふわしている視界が像を結ぶまで数秒。目に入ってきたのは白い天井ではなく、真っ赤な瞳だった。
「おはよう、ポム。お寝坊ですね」
「おはよ、ノワお姉ちゃん…… お寝坊?」
ベッドサイドの目覚まし時計に目をやる。
八時三七分。
もう一度、目を擦ってよく見る。
八時三七分。
「……お寝坊――!」
現状を端的に表現した叫び声とともに、お布団を跳ね除けてクローゼットへ。故郷のステラおばさんが譲ってくれたカーテン生地で、ノワが今日のために仕立ててくれた新しいお洋服。全体のシルエットはアキクサインコの尾羽をモチーフにした伝統的なデザインだが、羽を隠すくらい長いレースの袖は、若い流行を意識したノワのこだわりだ。ふわふわのドロワーズと重ねれば、どこからどう見ても育ちのよいアキクサインコである。
ちらり、ポムはノワを見やる。
ノワは、パリッと糊をきかせた白いシャツと、ふんわり広がる同じ色のスカートを隙なく着こなしている。誰がどう見たって名家のセキセイインコである。
そんな彼女は、ポムが蹴り飛ばした布団の皺を伸ばして、ベッドを綺麗に整えていた。
「ノワお姉ちゃん、どうして起こしてくれなかったの?」
「起こしましたよ」
「何回?」
「〇.五回」
「途中で諦めてる!」
この通り、ちょっと困ったところもあるが、もう七年も家族をしているのだから受け入れるしかない(つまり、諦めた、ともいう)。
「さ、早くごはんを食べなさい、いつまでも片付きません。それに、そろそろモナが来てしまいます」
「そうだね!」
朝ごはんは、予想どおりフレンチトースト。たまごを使っていない鳥類にやさしいパンは、近所の愉快なベーカリーで、ご主人が試行錯誤の末に作ってくれたミルク感たっぷりの特注品。口の中でじわっととろけるバターと蜂蜜。今の時期の蜂蜜は菜の花の香りがして、ポムの心をどこかの花の海に連れて行ってくれる。
「ノワお姉ちゃん、次のおやすみは菜の花を見に行きたい!」
「月曜日から次の休日の予定ですか」
ノワはあからさまに呆れて見せたが、否定はしないからきっと連れて行ってくれるのだと都合よく解釈して、ポムは残りのフレンチトーストをぱくり、大きな口の中に放り込んだ。
***
木綿のハンカチ、貰ったばかりの学生証、小さく小さくコピーした教科書と、同じサイズのまっさらなノート、羽繕いのための尾脂クリーム、ネクトン・ウォーターが入った水筒。
「忘れ物は?」
「ないよ!」
「よろしい。では、ご挨拶をしてから参りましょう」
ノワとポムは、居間の大きな写真立てを前に整列する。
中には、ふたりの育て親、探検家である祖父の写真が飾られている。
「おじいさま、行って参ります」
「じいじ、行ってくるね」
祖父は、いつもと変わらない優しい瞳でふたりを見つめていた。