アパートメントの前で待つこと数分。
「ちぃぃぃこぉぉぉくぅぅぅ!」
通りすがりの人々から同情の視線を浴びつつ、アパートメントの三つ手前の角に、きらきら揺れる黄金色のツインテールが駆け込んできた。
「ポム!」
「うん!」
ぴょんっ、タイミングよくツインテールの真ん中に飛び込む。振り落とされないよう足の爪に力を込めて、ノワは新しい友人に声をかけた。
「おはようございます、モナ」
「あ! ノワちゃん、おはよ!」
モナは速度を緩めることなく声だけで応じた。
ノワとポムが借りているアパートメントから、大学まではおよそ三〇〇メートル。立地はこれ以上ないほどよいが、小鳥の足ではそれでも少し遠い。そこでノワが目をつけたのが、新入生歓迎イベントで出会った、このモナというアメリカンコッカーだった。
「あれ? ノワちゃんだけ?」
「ポムはタイミング悪くモナに乗り切れませんでした」
動き続けるモナに捕まるにはそれなりの技術が必要である。たぶん今ごろ「ノワお姉ちゃぁぁぁぁん」とか叫びながら追いかけているのだろう。
だからと言って、講義開始は目前、拾いに帰る時間もない。歩けない距離ではないし、これも試練だとノワとモナはサッパリ諦めた。これが野生の掟である。
「一限はA棟の二〇三教室です」
「あー! 入口と反対側だわ! 間に合わないかも!」
「任せなさい」
ノワは鞄から秘密道具を取り出して構えた。小型鳥類獣人必携、去年全世界で一万セットを売り上げた「ハバタキット」。羽が退化しつつある小鳥系獣人の飛翔能力を補うべく、ベンチャー企業が某大学研究室と手を組んで五年の歳月をかけて開発した。入学希望者が減り経営も傾きかけていたその大学は一躍、倍率二桁越えの超人気校になったとか。
「窓が開いています、あの隙間から……!」
ハバタキットの力を借りて、ノワはモナの頭部から飛び立つ。
ぱたぱたと。モナを顧みることなく。
「えっ、ひとりで……?」
モナをひとり取り残して、構内にチャイムが鳴り響いた。
***
抜き足、差し足、忍び足。
教室の後方ドアから、肉球を最大限活かして、教授に気付かれないよう最後列の講義机に向かう。大型獣人も座れる三人分の席を、教室で一番小さなノワが陣取っていた。
「もう、ひどいわ、ノワちゃんったら。ワタシも連れて行ってくれればいいのに」
ノワの隣に着席し、モナは控えめに非難する。
「ハバタキットの耐荷重量は五〇グラムまでです」
対するノワは、悪びれることもなく答えた。
「モナのおかげで助かりました」
「ノワちゃんはね。ワタシは初日から遅刻」
「不貞腐れないでください。ささやかですが御礼です」
にやり、ノワが意地悪く微笑む。
差し出されたのは、白い出席票。
この講義の教授は、開始時に着席していた学生には白色、遅刻してきた学生には橙色の出席票を渡して、講義後に回収するらしい。
つまり、モナの遅刻は少なくとも記録には残らない。
「……おぬしもワルよのう……」
良心の呵責より出席票の誘惑にあっさり負けて、ありがたく頂戴することにした。
「ノートは昼休みにコピーさせてあげます。ま、明日からもう五分早く出ましょう」
「そうね。……ところで、ポムちゃんは大丈夫かしら?」
「さあ?」
泣きっ面のポムが教室に飛び込んできたのは、それから二〇分後のこと。