「ノワお姉ちゃんったらひどいよ。ポム、置いてけぼりにされて遅刻しちゃった」
昼前のカフェテリア。二限に講義を入れていない学生たちは、少し早めの昼食を取ろうと集まり始めていた。単位さえ満たすように講義を組めば、ある程度は自由に過ごせるのが大学生の特権である。
この大学のカフェテリアにはグラウンドを見渡せるテラス席があって、今も陸上競技部が自主練習しているのが見えた。
さて、問題はポムである。いつも丸いぽっぺたをもっと真ん丸に膨らませて、ポムはすべての表情筋で「怒っているよ!」と主張していた。
対するノワは涼しい顔である。
「あら、怒っているんですか」
「怒ってるの!」
「ポムは世界で一番可愛いのに、そんなにプンプンして膨れっ面してたら可愛くないですよ」
「怒ってないの!」
「よろしい」
「あ、それでいいのね?」
ハラハラしながら成り行きを見守っていたモナが、拍子抜けしたみたいな顔をしたあと、けらけらと笑った。
「よかったわ、ケンカしちゃうかと思った!」
「お互いそこまで子どもではありません」
「ノワお姉ちゃんとポムは仲良しだもん!」
さっきまで一触即発の雰囲気だったことは完全になかったこととされ、いまいち流れが理解できなかったものの、モナは空気の読めるアメリカンコッカー・スパニエルとして水を差すような真似はしなかった。
「ごはんは仲良く食べた方がおいしいもの!」
「そうだね! ポムもそう思う!」
ポムはそう言って食堂を見渡し、ある一点で視線を止めた。「ノワお姉ちゃん、ごはんはあの機械で注文するの?」
指差す先には、大・中・小、大きさの異なる機械が並んでいる。
「あれは食券機ですね」ノワが答える。「お金を入れて、食べ物と引き換える券をもらうんです」
「ポムもそれ、してみたい!」
「いいでしょう。では、一番小さな食券機で私のえん麦むすびと小松菜のサラダ、それからポムの好きなものを食べられる分だけ買ってきなさい」
さらりと、かつ堂々と、ノワはポムをパシリに任命し財布を持たせて送り出した。
「じゃ、ワタシも!」
モナは鞄から小さな二段重ねの弁当箱を取り出して、テーブルに広げた。
一段目は主食の豆ごはん。柔らかそうな豆の緑色とつやつや光る米粒の白が春らしい。二段目はおかずで、鮮やかなケチャップでハートが描かれたオムレツと、メインディッシュには小判型のハンバーグ、それに添えられた切り干し大根とツナのサラダ。
「そのお弁当はモナが作ったんですか?」
「ううん、ママが作ってくれたの。ワタシ、キッチンに入ろうとすると『危ないから』ってつまみ出されちゃうのよね」
たしかに、刃物や火気を扱うキッチンに、こんなに元気で落ち着きのないアメリカンコッカーがいては事故の元である。
とは思うものの、ノワは礼節を弁えたセキセイインコとして、心底不思議そうに首を傾げる友人に「どうしてでしょうね?」と述べるにとどめた。
「ノワお姉ちゃーん! おむすび買えたよー!」
とてとてと、頭の上にトレーを掲げて戻ってくるポムは、おつかいを完遂した子どもみたいな自信に満ち溢れている。
「お疲れさまでした」
「うん、疲れちゃった! はやく食べよう!」
ぴょん、とテーブルに飛び乗って、ポムはトレーの上の小皿を並べる。
ノワには、えん麦むすびと、小松菜のナムルと、ヨーグルトケーキ。
ポムは、あわ玉むすびと、にんじんの甘煮と、ヨーグルトケーキ。
……まあ、ナムルだってざっくり区別すればサラダみたいなものだし。ヨーグルトケーキは頼んでいないが、あって困るものでもない。
「では、いただきましょうか」
「やったー!」
カフェテリアの一角から、元気な「いただきまーす!」の声が響いた。