その子は事故に遭ったのだと話してくれた。
白い包帯が痛々しかったけれど、一般病棟に移されたのだから大分安定してきているということだろう。和希(かずき)はすぐに、その子を好きになった。
その子の名前は、トオルくん、といった。
季節の変わり目は必ずお世話になるというくらい、和希は体調を崩しやすかった。
常連、だなんて不名誉な冗談を気さくな看護師さんと交わしていた時、その子の話になったのだ。
大事故に遭って奇跡的に生還した子が、いつもレクリエーションルームに一人で来ているのだと。
歳が近いから話してみればいいと、看護師さんはそう言って仕事に戻って行った。和希は少し考えたあと、彼に会ってみることに決めた。
レクリエーションルームの入り口近くでこちらに背を向け、子どもたちと遊ぶでもなくただ眺めていた、頭にたくさんの包帯を巻かれている男の子。すぐにその子だとわかった。
「ねぇ、よかったら話し相手になってくれない?」
「……?」
ゆっくり振り返った彼の目は、陽だまりのような美しい色をしていたのに、どこか翳っていて。
それが和希の心を揺さぶった。
「……うん。ぼくでいいなら。……えっと」
「和希だよ」
「ぼくは、とおる」
少し話をして、彼が和希より一つ年下であることがわかった。同時に、それにしても小さい子だと気づいた。聞けば、やはり身体の方はあまり丈夫ではないらしい。
「かずきくんは、いつからここにいるの?」
「出たり入ったり、かな。でも、今回はもうすぐ出られると思う」
安心させようと微笑んだら、亨の方もつられて笑った。
「よかったね。かずきくんは、治るんだね」
「まあね。でもトオルくんだって、事故からよく助かったじゃないか」
心の底から嬉しくて、つい微笑んだのだけれど、今度は亨の表情が固まった。
ああ。この子にも何か、抱えなきゃいけないものが在るんだな。
こんなに小さい子に、神さまは何を押し付けたのだろう。
「……ねえ、ここじゃなくて、しずかなところにいこう?」
亨の提案を受けた和希は、それならレクリエーションルームと反対側にある、普段は洗濯したタオルを干すベランダが空いていることを教えて、手を取り歩き出した。
「ねぇ。あの子、バケモノに連れていかれるよ?」
和希が背を向けた後ろで、こそりと、誰かが言った。
「それで、どうしたの? 話しにくいことがある?」
コンクリート打ちっぱなしのベランダに二人並んで座り込んだ。
亨は首をふるふると振った。
「なおらなかったの」
「え?」
「……まもるは、なおらなかった」
まもる? それは誰だろう。和希が詳しく聞こうとしたが、亨は自分の世界に入り込んでしまったらしく、ぽつり、ぽつりとつぶやくだけ。
「まもるは、いつもまもってくれた」
「あそぶときも、ねるときも、いっしょだった」
「ぼくとまもるは、おなじだったのに」
「ぼくはなおって、まもるはなおらなかった」
「ねぇ、なんで」
翳った陽だまりが和希を見つめていた。
「なんで、ぼくはひーろーになれなかったの?」
……ああ。そういうことか。
和希は合点した。この子は、××××××××ことが辛いのだ。
いつも一緒だったのだろう。きっと、これからも一緒だと思っていたのだ。
和希は頭を悩ませた。この新しい、愛らしいともだちに、自分ならしてあげられることがある。
それは同時に、彼を失うことでもあった。
「……マモルくんがヒーローになったのはきっと、怖くなかったからだよ」
亨が和希を見上げていたから、和希は亨の視線まで屈んでやった。
「ヒーローは、怖いものなんてないでしょ? きっとマモルくんは、死ぬのだって怖くなかったんだ」
「ぼくは、こわい」
「僕だって怖いよ。みんな怖い、恥ずかしいことじゃない」
でも、要らないんだね。キミには必要ないんだね。だったら……
「トオルくんの怖いもの、僕が食べてあげる」
気さくな看護師さんは、思いつめた表情で和希の病室へやって来る。
「聞いてくれる? 504号室の●●ちゃん、本当に嫌だわ。泣き出すし暴れ出すし、早く死んじゃえばいいのに。今日も引っ掻かれて、この傷残りそうだわ」
「それは大変だったね」
ベッドから飛び降りて、彼女の手を取る。
こんな傷は要らないよね。
ぺろり、舐めてあげれば傷はなくなる。和希が食べてしまったから。でも、あまりおいしくはないかな、と和希は眉を寄せた。
「●●ちゃんか。確かもう長くないんだよね」
「そうよ。どうせもうすぐ意識もなくなるし、苦しむだけだわ。だからさ」
「うん。それは辛いね。そんな時間なら、要らないよね」
和希は504号室へ向かう。
要らない時間、要らない命を、食べさせて?
みんなの要らないもの、全部食べて、僕が引き受けてあげるから。
黒木和希。
異能者排除主義思想家であり、現在服役中である黒木勝久の一人息子。
異能者を狩るために育てられた、──『剥奪』の、異能者。