登校時はモナに乗せてもらった通学路を、帰りはノワとポム、ふたりで歩く。
 モナはインカレのスイーツサークルが駅前のカフェに集まるとかで、講義が終わると教室を駆け出して行った。
「いんかれ、ってなんだろうね?」
「大学の垣根を越えて参加できる制度みたいなものです。自分の大学にない分野のサークルでも活動できる、よい文化だと思いますね」
 サークル、という単語にポムが反応する。
「ポムもサークルに入りたい!」
「いいですね。学生の間にしかできない活動もあるでしょう。ポムはなにをしたいんですか?」
「んっとね、かけっこ!」
 かけっこ。
 ノワは鸚鵡返しに呟いた。理解できなかったとか呆れたとかではなく、至極真剣に、その言葉の意味を検討するため。
「走りたいということですか?」
「うん、かけっこは走ることだから!」
「一般的に考えるなら、陸上競技部が妥当でしょうね」
「りくじょうきょうぎぶは、かけっこをするの?」
「かけっこみたいなことをします。トラックを走って、タイムを競うんです」
「そうなんだ! 今度、グラウンドに見学に行こうっと!」
 後日、陸上競技部に「かけっこ選手」として入部届を持ち込んだアキクサインコが部長と監督を大変困らせることになるのだが、それはノワの関知するところではない。
 ふたりの暮らすアパートメントより少し手前、レンガ造りの古い建物は食料雑貨店だ。古い自動ドアの前で、ノワはふと立ち止まる。
「そういえば、小麦粉がもう少しで無くなりますね。買っていきましょう」
「ポム、お手伝いする!」
「ええ、荷物を持ってください。ひとりだと重いので」
 自動ドアの前でぴょん、ぴょんと数回跳ねると、センサが反応してドアががたごとと開く。ノワとポムはその隙間から素早く店内へ入った。
 ラタンのかごの中には、かわいいカップケーキの詰め合わせに、さわやかなフレーバーのマシュマロ、たまご型のビスケットと、オレンジピールの砂糖漬け。
 向こうの棚にはたんぽぽのノンカフェインコーヒーと、健康志向のオリジナルブレンドハーブティー、草食獣人向けの大麦若葉にこだわった青汁の粉末もある。
 奥の冷蔵庫にはバターや生クリームなどの製菓材料。その隣の冷凍庫では肉食獣人向けの加工肉とか、他にも食用のコオロギとかミミズがひっそり保管されていた。
 ちら、ちらと食用肉コーナーを気にしつつ、ポムはノワの後ろをついて歩く。
 粉類が集められた棚の一番下、小型獣人向けに一番小さくパッケージされた小麦粉が五種類ほど並んでいた。
「ノワお姉ちゃん、これ全部小麦粉? 迷っちゃうね」
「そうですよ。でも、我が家ではこれを使うって決めています」
 ノワは、赤いブランドマークが目印の黄色い紙袋を買い物かごに入れた。
「他のブランドも試してみましたが、これが一番使いやすいです」
「そうなんだ!」
 いつか「小麦粉を買ってきて」とお使いを頼まれたときには、この赤いマークを目印にしようと、ポムは記憶域の一番大事なところに刻みつけた。
「ポムがいますから、ちょっとくらい荷物が増えても大丈夫ですね。明日の朝ごはんにグリーンポタージュを作りたいので小松菜フレークと、マッシュポテトを買っておきましょう」
「ノワお姉ちゃん! ポム、りんごも食べたい!」
「いいですけど、ポムが持つんですよ? 一番小さい姫りんごをひとつだけ持ってきなさい」
 大きくうなずいたポムは、青果売り場へ走っていく。店内で走ってはいけないと後で言い含めなければならない。ノワはぼんやり思いながら冷凍庫の前へ移動した。

 マッシュポテトは小分けにして冷凍庫に入れておけばサラダにもスープにも使える。じゃがいもを蒸かすところから作ってもいいが、マッシュする作業は少し手間だ。その割に費用も味もあまり変わらないのだから、便利なものを使った方がいい。
 次に、乾物売り場で小松菜フレークを探す。世間では「無農薬有機栽培の小松菜でなければ食べられない!」なんて主義を掲げる主婦もいるらしいが、ノワに言わせれば贅沢な注文である。世の中の小松菜をすべてオーガニック栽培しようとしたら、生産量が減少して需要に追い付かず世界的な小松菜ショックを引き起こすだろう。食べられるだけで御の字なのだ。……なんて、ノワは冗談っぽく考えて小さく笑う。
 姫りんごを抱えてきたポムと合流してレジへ。ヒグマの大型獣人が「研修中」の名札を付けて、モルモットの小型獣人から指導を受けていた。他種の獣人の年齢は推測しにくいが、話しぶりからそう歳の変わらない学生だろうと、ノワは見当をつける。進学と同時にアルバイトを始めたのかもしれない。
 実のところ、ノワもアルバイトには関心がある。祖父はノワとポムの進学と同時に、学生生活を送るには十分な財産をノワの名義に移してくれたので、余程の無駄遣いをしない限り、卒業するまでは安心して暮らせる。ただ、祖父やポムや友人へちょっとした贈り物をしたいとき、自由に使えるお金はないよりあった方がいい。
 もちろん、学生の本分はまず学業。学生生活に支障がない範囲で、という条件は外せないが、その見極めが難しい。とりあえず、近いうちに駅前で配布されていた無料の求人情報誌をもらいに行くことだけは決めている。
 研修中の彼はミニチュアを扱うような手つきで、壊しやしないか恐る恐る、会計の済んだかごをポムに渡した。
「ありがとう!」
「またお越しくださいませ」
 紙袋に小麦粉とマッシュポテトと小松菜フレークを詰め込み、ポムに姫りんごを持たせて食料雑貨店を出る。結局ノワの持つ荷物は軽くならなかったけれど、隣を歩くポムがなにを思っているのか随分幸せそうなので、「まあいいか」と気にしないことにした。

 

「ノワお姉ちゃん、明日も楽しみだね!」
「楽しみですか? それはよかったです」

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