プロローグ D.C.

  

 ――今日も、あの日の繰り返し。

 

 そう思って諦めていた。
 目を閉じる直前、彼が目の前に現れるまでは。

 

「また繰り返すのか?」

 

 黒衣の魔王は、厳かに訊ねる。
 閉ざされようとする目をはっと開く。
 彼はもう一度訊ねた。

 

「来年も、また、同じように終わらせるつもりか?」

 

 わたしは彼の姿をまじまじと見つめた。
 自分でも情けないくらい掠れた声で問いかける。
「貴方は誰? どうしてここにいるの?」
「貴女が助けを呼ぶ声が聞こえた。だから、馳せ参じた」
 そう言うと、彼は感覚のなくなったわたしの腕に手を伸ばす。
 その腕は持ち上げようとしただけでぼろぼろと崩れ落ちて、空間に静かに消えていった。
 魔王は嘆息する。
「遅かったか。すまない」
 見ず知らずのわたしに対して、助けられないことを謝罪する彼。
 その様子に、わたしは、少しおかしく思って小さく笑った。
「貴方は誰でも彼でも救えると思っているの? いくら頑張っても、救えない命は救えないのよ。……まあ、わたしに命なんてあったのか、わからないけれど」
「だが、助けを求める声を無視することはできない」
 彼はきっぱりと言った。
 わたしはそれになんだかムカついて、吐き捨てた。
「じゃあ、救ってみなさいよ。次のわたしを」
「……」
 彼の表情はぴくりとも動かない、整った顔立ちも相まって、まるで人形のようだと思った。
「できるだけのことはしてきたつもりよ。それでも今回もダメだった」
 そう、何度繰り返しても結局わたしはこうなる。
 そう思い返して、なんだか笑えてきた。
「ねえ、どうしてダメだったの? わたし、何か高望みしてたのかしら? それともそんなこと関係なく、神様がわたしのことを認めてくれなかったのかしら? わたしが今日まで生きてきた意味なんてあったのかしら? わたし、生まれてきちゃいけなかったのかしら?」
「そんなことはない」
 彼はまた、きっぱりと言い切った。
 わたしは重くて落ちそうになる瞼を必至に持ち上げて、彼を見た。
 彼は眩い金色の瞳で、すっとわたしを見つめていた。
「神なんていない。けれど貴女は今を生きている。そして、貴女の人生に意味を与えるのは、貴女自身だ」
「わたし自身……」
「もう一度聞く。貴女は、また繰り返すのか?」
 返す言葉は決まっていた。

 

 繰り返したくない。

 

「……お願いがあるの」
 わたしは口を開く。
 彼は相変わらずわたしを見つめていた。
「来年の三月の終わりに、もう一度ここに来て。そして、次のわたしと、……あの子を、助けてあげて」
「承知した。今度こそ、必ず助ける」
 わたしはほっと息を吐いた。これでいい。これが、今回のわたしが生きた意味。
 瞼がゆっくりと閉じていく。もう抗う力は残っていなかった。
 少女が消えゆくのを、魔王は静かに見届けた。

 

 二〇一三年三月三十一日、午前〇時十一分五十四秒。
 わたしは、『五回目のわたし』の命を終えた。
 

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