そっと受話器を降ろして、ほうと息を吐く。
そうしてすぐに頭を切り替えて、透明な扉を押し開く。
とある大学の前の電話ボックスから出てきたのは、腰まで届く髪を背中に流した、金色の瞳の、背の高い青年。暑くなり始めたにもかかわらず、質の良い黒のコートを身にまとう姿は、まるで闇に身を落とした魔王のようですらある。
「理仁。電話、終わった?」
その男に声をかけるのは、髪を短く整えた、細身の美少女。彼女もまた、暑い中で黒いジャケットに身を包んでいる。彼女の瞳の色と同じ、ジャケットの裏地の燃えるような紅色が、彼女が内に秘めた苛烈さを表しているかのようであった。
二人とも、最高気温が今年最高を記録したとニュースで報道された暑さであるにもかかわらず、汗一つかいていない。暑さを感じさせない様は、まるでそこだけ切り取られた異世界のようでもあった。
問いかけに対して、青年が頷く。
「待たせてすまない、桜。……伝わっていればいいが」
「ちょっと、伝わってない可能性ってなんなのよ」
「須藤俊彰が信じない可能性もあるし、そもそもほたるが虚言だと断ずる可能性も……」
「あー、後者に関しては問題ないわ。ほたるは信じる」
桜と呼ばれた、年齢よりも大人びた少女は、青年の考えを杞憂だと断言する。
理仁と呼ばれた青年は首を傾げる。
「どうしてわかるんだ?」
「女の勘よ」
そう言ってにやりと、蠱惑的な笑みを浮かべる。
理仁は不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「さーって、用事が済んだなら早く帰りましょ。ジジイどもがうるさいから」
「……ばれたら咎められるだろうな」
理仁が不安げに桜を見やる。
それを桜は笑い飛ばした。
「ジジイの小言より、ほたるとの約束の方が大事でしょ! いざとなったら一緒に叱られてあげるわよ」
理仁の表情がふっと柔らかくなる。
「ありがとう、桜」
「こちらこそ。ありがとう、理仁」
どこからかチャイムが響く。大学の講義が終わったらしい。
異質な二人組は、キャンパスから出てきた学生たちの影に紛れて消えた。
魔法使いの交響曲 了