第5話 レディ・ハートという女

 四条理仁がSLWへ収監された。当面の間、拘束される場所は日本支部内の研究施設の一室というし、小間使いも付いているというからまるで客人の扱いだ。しかし今後はSLWの厳重な監視下に置かれ、施設間の移送を除き外界に出ることはない取り決めであるから、収監と表現して間違いではあるまい。
 半年前、隊長格の隊員と対峙する羽目になったのは痛かったが、損失に見合う情報源ができた。須藤の記憶を覗き見ながら、風音は「不用心よね」と独り言ちる。第一部隊は風音たちの活動と直接関わるとは考えにくい国内捜査に特化したチームであるし、ビッグ4の幹部の正体を突き止めた功績がある須藤を隊長格から外せば内部で混乱が生じる可能性もあったから、日本支部長(神崎)も彼の席を取り上げるという選択には至らなかったのだろうと推測する。もっと単純に、千里眼を侮っているというのなら、これ以上ないくらい滑稽な話であるが。
 本題である。今後、四条理仁は外界から隔離される。小間使いの少年との面会も制限されるだろう。少年の方は保護という扱いにして、プライマリーに編入させられる可能性が高い。これは須藤が神崎に進言しようとしているし、四条理仁の性格からしてもそれを望むだろう。かと言って、少年に接触するのはリスクの方が大きい。神崎としては当然警戒してしかるべき「魔王陛下」の騎士であり糸口である。何らかの措置を講じてこなければ逆におかしい。他に日本支部を出入りでき、接触の危険を最小限にできる人物といえば。
「やはり、ジュニア隊員の誰か、ということになりますね」
「気に入らねぇんだよ。オトモダチのために出頭、ってのが過去最高に胸糞悪ぃ」
「いつまで不貞腐れているんです。まあ、候補としてそのオトモダチは最有力ですが」
 風音とユーリが待機しているのは都内某所の高層ビル、それなりに眺望のよい応接室だった。出頭したという一報が入った途端、ユーリの機嫌が風音の知る限り過去最低水準にまで急落したので、適当に相槌を打っていた風音もいい加減辟易していた。これほど面倒な男だったかと首を傾げたくなる。
 四条理仁出頭のきっかけとなった「オトモダチ」――、小野ほたる。彼女の見ている景色は風音の千里眼にも映っている。佐倉亨と行動を共にしていた同級生、という程度の認識しかなかったほたるであるが、抱えている思いは今、複雑に絡み合い不安定な状態に陥っている。ジュニアハイスクールの優等生であり日本支部屈指の戦闘員、といっても所詮は思春期の小娘でしかない。風音にはこれを信仰心か恋心か、あるいは執着心か判ずることはできないけれど、あの緋の心臓に向ける感情としては何にしたってセンスがない、というかそもそも向ける相手を間違っている。庭先の木にでも向けた方がまだ見返りがありそうだ。
「私は貴方を通してしか彼のことを知らないのですが、緋の心臓はそれほど魅力があると思いますか?」
「あの朴念仁に? 殺したいとしか思ったことがねぇよ」
「……知っていましたけど。貴方のも相当な執着ですよ」
「おい、」
 ユーリは何か言いかけたのを飲み込み、ドアに視線を向けた。ドアノブがきぃと回転し、慌ただしく人影が飛び込んでくる。
「ああ、お待たせしてしまい申し訳ございません、ビッグ4の御二方!」
 きつ過ぎる香水の臭いに内心で眉をひそめたが、表情筋は完璧な笑顔を用意して、「お忙しいところ恐れ入ります、レディ」と、今回の商談相手に右手を差し出した。「ビッグ4、千里眼(クレアヴォイアンス)と申します。若輩者ではありますが、首領・№1より本契約に関する全権を委任されております。今回に限っては、どうか私をビッグ4と思い、なんなりとお申し付けください」
「西園寺(さいおんじ)心愛(みあ)、レディ・ハートなんて呼ぶ人もいるわ。私もそちらの方が気に入っているの、そう呼んで頂戴?」
 ぴったりとした黒のジャケットとフレアスカートは、似合わないわけではないが、この女性を書類上の年齢よりずいぶん幼く見せていた。しかし、それよりも風音が気になったのは、白すぎるほど白い手、黒い髪と真っ赤な唇。物語好きの女の子が羨むプリンセスのような造形を有しているのに、まったくと言って良いほど生の香りがしない。死体でも掴んでいるようだと、握手を交わしながら風音は思った。
「それではご依頼の品について、手短にご説明申し上げます」
 先ほどまでにまとめておいた、四条理仁の現状。SLWを敵に回すことになると暗に伝えれば「まあ、ワクワクしちゃう!」と少女のように歓声を上げた。「いいわ、SLWの犬たちには私もウンザリしているの。私が異能者だからって、何かにつけて調査に入ろうとするのよ。もちろん悪いことをしている自覚はあるけれど、血液検査の結果で捜査に踏み切ろうだなんて。文明国にあるまじき野蛮人たちよ。」
「お怒りはごもっともです」臓器市場の親玉がどの口で、とは同じ穴の狢なのでさすがに言わない。彼女の提供する臓器で助かったビッグ4の仲間もいるわけであるし。
「ですが、本件ではそこで問題が生じます。SLWへ如何にして乗り込むか、です」
「ずっと考えていたのだけれどね」レディ・ハートはこてんと首を傾げて見せる。「その、収監の原因になった女の子、使えそうではなくて?」
 レディ・ハートは風音と同じ着地点に至った。風音はそこから先の手を考えようとしていたのだが。
「我々もそこに可能性を見出しています。彼女は緋の心臓の所有者を崇拝、あるいは執着しています。そこに付け込む手があれば、或いは」
「まあ、レディ・クレアヴォイアンス! その女の子は恋をしているのよ。恋の魔法にかかっているの。貴女も女の子だもの、気づいていらっしゃるでしょう?」
「……」あの複雑怪奇で不安定な感情を恋心というのなら、風音は恋などしたくないと切実に思う。というか女の子は気づくものなのか、多分に偏見が含まれている気がするし、第一に目の前の女は「女の子」と称するには年を重ね過ぎている。そんな数多の突っ込みどころを華麗に無視して「その可能性は高いですね」とだけ述べておいた。
 すでにレディ・ハートは風音たちより乗り気であった。
「女の子の恋心を利用するなんて、まるで魔女の所業だわ。私の部下にお誂え向きの異能者がいるの、彼を使いましょう。ねぇ、彼を呼んで頂戴! きっと彼らの力になるわ!」
 風音たちの承諾も待たずに、この依頼人は部下を呼び出すとさっさと席を立った。
「ごめんなさいね、今日はお茶をいただく暇もないくらい忙しいの。続きはすぐに来る部下と進めておいてくださる?  このあと会議に顔を出さなければならないし、大事な商談の準備もしなくちゃいけないし。ああでも今夜はお食事の席をご用意していますから、楽しみにしていらしてね」
 引き止める隙も与えずそこまで言い切ると、レディ・ハートは風音たちの茶を取り換えるようにとだけ指示して部屋を出て行ってしまった。
 ――まあ、千里眼があれば彼女の要望など話し合うまでもなく読み取れるから問題はない。
 黙っていたユーリがぼそり、「臭ぇ女」と吐き捨てた。
 まったく同意見であったので風音は咎めもしなかった。

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 女子高生の間で流行っている、おまじない、があるらしい。
 好きな人を繋ぎ止める人形。
 どんなに遠くへ行っても、離れていても、その心を自分の元に置いておける。
 見た目は消しゴムほどの、塩ビのおもちゃのような人形。それを相手に手渡すだけでいい。
 でも、その人形はある占い師からしかもらえない。
 夜も更けたころ、東京のどこかにポツンと現れる。どこへ現れるかは予想がつかない。
 それをどうしても手に入れたくて、同僚に頼み込んで見つけたら連絡をくれるよう手配しておいた。それが今日、見つかった。
 占い師の前に立ち、少女は勇気を振り絞り、からからに乾いた唇を開く。
「人形を一つ、ください」
 占い師はにぃと笑って、箱からひとつだけの人形を取り出し、使い方を教えた。
 少女が礼を言って立ち去ったあと、占い師は店仕舞いをして消えてしまった。

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