もう一度、会っておけばよかったな。
そんなのはわがままでしかなかったから、あたしは、あたしを誘拐する「魔王」の首に思いっきり手をまわした。
彼の肩越しに初めて見る、あたしのおうちだった場所が遠ざかっていく。
――かあさま。
唇だけを震わせた。
――追いかけては、くださらないの?
当たり前だ。自分は母を苦しませるだけの存在だったのだから。
「お前なんて、」
母は何度も少女を打った。
『お前なんて、――っ!』
何度も物を投げつけたし、何度も冷たい水を浴びせたし、
『お前なんて、私の子じゃない――っ!』
何度も、悲しい言葉で胸を抉った。
『お前は鬼の子よ、鬼が私を陥れたのよ!』
『鬼が私を辱めたの、私は殿下だけのモノだったのに!』
『邪鬼が私の腹にいた本当の子を喰ったのよ!』
『醜悪な鬼の子!』
『私の子じゃない!』
『私の本当の子を返せ!』
『私を母などと呼ぶな――!』
誰もが、少女が死にそうになるギリギリまでそれを見ているだけだったし、助けてくれるのはいつだって、名前も教えてもらえなかった「あの人」だけだった。
「あの人」だって、口癖のように言った。
「早く、貴女を神さまが連れて行ってしまえばいいのに……」
生まれた時から居なくなることを望まれていた。
きっと、これが生まれて初めてできる、唯一の孝行。
鬼の子の自分にできる、たった一つの正しいこと。
そう考えたら、涙なんて。
――かあさま。
流れない、はずなのに。
――あたし、本当は、
ぽろぽろと、頬を伝うそれを抑えきれない。
ダメだ。あたしはやはり鬼の子だった。
だって、大好きなかあさまが救われる、たった一つの道を選んだ今すら、心から喜べないのだから。
悲しくて、寂しくて、涙が止まらないのだから。
――かあさま。
――あたし、本当は、
――あたしは、本当に、
――貴女のすべてを、愛していました――