忘却のニュンフェの正歌劇

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エピローグ お別れ

 ほたるに潜ませておいた分身が発動した。 いつかはこうなるとわかっていたから、きっと冷静に受け止められると思っていたけれど、そんなのは無理な話だった。理仁はかつて覚えがないくらい動揺していた。 拘束されるのは構わない。ただ、ずっと続くと思っ...
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第17話 春の嵐

 ひょっとしなくても、自分が複数の敵を相手取るなんて無謀な判断だったのではないか。常時携帯している血液製剤をぐしゃりと奥歯で噛み潰したら、もちろん味の考慮なんてされていない錠剤の吐き捨てたいくらいの苦みで口の中がいっぱいになる。 急いで血液...
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第16話 誰でもいいから

 劈くような破裂音とともにエデンは走る。 足元は悪いが大した問題ではなくて、それよりもずっと拘束されていたほたるの方がよっぽど苦しかったに違いなかった。距離を詰めても古賀はまだ身体を再構成するには至っておらず、弾き飛ばされたほたるを抱えて距...
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第15話 糸電話

 さて、背後には神妙な面持ちのエデン、前方にはほたるを抱えて逃走しようとする古賀がいるわけであるが。(マモル、またいきなり出てきて……)『だってー!』(せめて前置きしてくれよ。言いたいこと言ったらすぐ俺に丸投げなんだから)『それはゴメンだけ...
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第13話 自然美観保護地区

(あれ、なんだろう、この…… 懐かしい匂い……) 薄く目を開ける。そこに飛び込んできたのは、 薄汚れたスニーカー。「うぉぉぉぉぉお⁉」「よし、起きた」「山本、おはよ」 スニーカーの向こうには亨と陽一。村上の方は六人分のリュックサックを抱えて...
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第12話 本日入山禁止

 亨の視界にどこかで見た粘性の縄が映ったのと同時に、頭の中の相棒が『トオル!』と鋭く叫んだ。それに答える前に体が動く。 突然走るスピードを早めた亨に驚きながらも、美鈴もすぐに追いついて「なにかあった?」と短く訊ねる。亨はエデンの視界と木の根...
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第11話 拘束

 ほたるとともに行った山本平蔵が嗅覚強化の異能者であることは、あまりクラスメイトと関わることのない美鈴もどこかで聞いて知っていた。エレメンタリー入学時から同じクラスなのだから、それぞれの異能がどんなものかなんて本人に聞かなくてもいずれ知れ渡...
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第10話 居場所

 山と言っても県境をまたぐわけではなく、都心から少し離れた地域の憩いの場で、亨も中学までに何度か母や妹と遊びに来た場所だった。けれど、小学校入学から寮で暮らしてきたほたるは名前しか知らないと言った。だから、亨に案内できてほたるたちにも楽しめ...
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第9話 中央線

 中央線に揺られること早三〇分、つまりはほたるの「隙間時間で暗記タイム」はスタートから三〇分が経過していた。単語帳の二五〇番から三〇〇番までが今回の目標だったが、亨は例文にちょくちょく登場するジェシカとヘンリーとアンの三角関係の方が気になっ...
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第8話 金糸雀

 金髪碧眼の仏頂面が、自分より頭二つほど背丈の高い隊服たちに構うことなくずんずんと廊下の真ん中を歩いていれば、それはそれなりに目立つわけで。『一番隊の金糸雀がなにやら御機嫌斜めらしい』という噂は、どこをどう伝わっていったのか知らないが、不機...