或る天才の大晦日の独白

 

 そのことを思い出したのは、年越しを前に「朝まで粘る!」と息巻いていた義弟妹が、カードゲームの真っ最中だというのによだれを垂らして眠りこけてしまった後のこと。
「……次、桜の番なんだけどな」
「起こすのはかわいそうだ。寝かせてやろう」
 車座でゲームに興じていた魔王陛下こと四条理仁は、なにか掛けるものはないかと部屋を見まわした。聖のテントの勝手がわからない理仁が動く前に、テントの主は常備してあるブランケットを二枚、ぽいと投げて寄越した。理仁は何も言わず、それを二人に被せてやる。
「粘った方だが、さすがに十時就寝が習慣になってると、貫徹は難しいよなぁ」
 時計の針は十一を少し回ったところ。残念ながら年越しの瞬間、今年も彼らは夢の中ということになるだろう。
 カードを仕舞い始める理仁に手持ちを預けて、聖は大きく伸びをした。そろそろ待ちわびていたソーシャルゲームの新幕が発表される頃合いだ。まあ、同じくその瞬間を待ちわびているプレーヤーたちが集結して、直後はサーバーが落ちるだろうから、あまり焦らず落ち着くのを待とうと聖は考えていた。だからネタバレは厳禁である。しばらくはネットに近づかないでおこうと、スマートフォンもベッドの上に放ってある。
 そうすると暇で暇で、ネット依存気味の聖は現実逃避の末にあの年のことを思い返していたのである。
「……聖、眠いのか?」
 黙り込んでいたからだろう、理仁が気遣うように首を傾げて訊ねてきた。
「ガキじゃあるまいし、目は冴えてるっつの。これから新たなフィールドが展開されるってのに、寝てなんぞいられっか」
「ふぃーるど……?」
 たぶんわかっていないだろうが説明するのも馬鹿馬鹿しいので黙っていたら、理仁も追及せずに黙り込んだ。
 ……しかし、男二人、隣で義弟妹が寝ているテントで黙り込んでいるというのも、長続きはしなかった。
「……おい理仁」
「なんだ?」
「なんか喋れ」
 自分でも無茶振りだと思ったが、聖の側にはあいにくネタがない。
 律儀な理仁は無茶振りを受け留め、顎に手を当てて考え始める。
 たっぷり四分ほど、考え込んでいただろうか。理仁は不意に、「以前、」と口を開いた。
「あ?」
「少し前、聖と十兵衛で、凧を作って見せてくれたことがあった」
 ああ、と、聖もすぐに思い出したが少々の違和感は残った。悠久の時を生きる理仁にしてみれば少し前でも、聖にとっては二十数年の人生を三分の一ほど遡った時期の昔話だ。こういう些細なところで、理仁が常人ならざる存在だということを思い出す。
「桜が『タコは飛ばない』と、蛸と凧を混同して、どういうわけかあの時の十兵衛は頑固で、桜と言い争いになって、それを聖が仲裁してくれた」
「お前が役に立たなかったからな」
「すまない」
「別に」
 聖もあの時、気にはなっていた。温厚で争いを好まない十兵衛が、姉と慕う桜と泣くほど言い争ったとは、どういうことだったのかと。
「あの凧を作るには、かなり苦心したんじゃないか? かなり重かったが」
「天才に死角はねぇんだよ。重さなんざ科学の力でどうにでもなる」
 あの時、十兵衛に言ってのけた台詞を、なんとなく繰り返した。
 実際、完成までかなり苦心したあの凧のことを、理仁はずっと忘れないでいてくれるのだろうか。聖も十兵衛もいなくなった後の世界でも、あの日、少年の願いを抱えて飛んだ凧を、この魔王だけでも覚えていてくれたなら。そう願わずにはいられない。

 

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