或る天才の大晦日の独白

 

 そう、凧というのは重さ、あるいは軽さが重要なポイントである。
 重すぎてはいけないのは想像に難くないだろう。しかし、これを子どもが作るとなると、どうしてもある問題に突き当たる。
 十兵衛が抱えてきたガラクタ、もとい、宝物を前に、聖は苦虫を嚙み潰したような表情を隠そうともしなかった。菓子の空き箱にキャンディの包み紙、河原で拾った小石、コーラの王冠、サーカスで飛ばした銀テープ、塗装の剥げた鈴、エトセトラエトセトラ。バランスを取るのに銀テあたりは使えるかもしれないが、質量・表面積、様々な角度から見て、それらは凧を装飾するに相応しくないものばかりだった。
 なぜ装飾過多に陥ってしまうのか、図画工作では昔から点数重視で作品を生み出してきた聖には理解し難かった。そのまま大人になってしまった聖は、たぶん永遠に理解できないのだろう。
「そんなモン全部付けたら飛ぶ凧も飛ばねぇぞ。軽いモンだけ、既定の重さに収まるように選び抜いとけ」
 そう言って、聖はあらかじめ用意しておいた凧の設計図を十兵衛に突き付けた。十兵衛はしゅんと俯いてしまったが、聖も慈善活動家ではないのである。さっさと子守を免れてゲームに手を付けたいと思っていた。
 そもそもどうして、十兵衛は自分のところへ来たのか。十兵衛がノアの箱舟に加入して数ヶ月、聖にはこれといって十兵衛と交流した記憶はなかった。比較的歳が近い桜とはたまに話したりもするから、十兵衛がたまたま桜の近くにいれば、ついでに話しかけたりもしたかもしれない。そんな世間話、天才とはいえいちいち覚えてはいないけれど。
「お前さ、俺が桜とたまにつるんでるから、ここに来たわけ?」
 ガラクタを前にうんうん唸っていた十兵衛が、くるりと大きな瞳を聖に向けた。
「それもありますし、魔王様にもどうしようもなかったし、ん~……」
 また別の悩みを抱え込んでしまい、眉をハの字にして言葉を探す十兵衛を、聖はもう見ていなかった。

 ……やはり、桜と理仁が繋がりだった。

 桜は強く、優しく、そして美しい魂の持ち主だと思う。
 聖が初めて理仁に話しかけたのも、桜のことが気になったからだった。
 そんな理仁をノアの箱舟へ導いてきたのも、やはり桜だった。
 理仁が連れてきた十兵衛の、傷ついた心を救ったのも桜だった。

 そして理仁は、なにを考えているのかさっぱりわからないが、ひとつだけ言えるのは重度のお人好しだった。
 幽閉されていた桜を誘拐し、虐待を受けていた十兵衛を連れ去った。

 これらの点を結び合わせると、ひとつの事実が見えてくる。
 十兵衛と桜、そして理仁には、救い、救われた”繋がり”があった。
 十兵衛も桜も理仁に身体を救われ、理仁も十兵衛も桜に心を救われた。

 ── けれど、聖は。
 彼だけは救ったり救われたり、そんな関係性の中に居なかった。
 桜はちょっと変わった強い女で、理仁はちょっと頭の緩いチート能力者。
 だから、こうやって彼らの仲裁を頼まれると、少し、むず痒い。想像してほしい、普段から仲良しこよし、命を支え合った三人組の真ん中で、赤の他人が説教を垂れるなんて、なんの罰ゲームだ。
 凧作りなんて言い出さなきゃよかった。イライラが沸点に達しようとしたとき、背後から控えめに名前を呼ぶ十兵衛の声が響いた。
「どした、終わったか?」
「えっと、あの……」
 十兵衛は恐る恐るといった風に王冠を差し出し、
「これ、どうしてもつけたいんですけど、重さがいっぱいになっちゃって……」
「それを調整しろっつっただろうが」
「で、でも、これ……」

 

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