或る天才の大晦日の独白

 

「聖は昔から、桜と十兵衛に慕われていたな」
 ふと、カードを片付け終わった理仁が呟いた。呟いた程度の声だったが、聖は耳聡く反応した。
「二人ともお前の連れだろ」
「連れているつもりはない、付いてきてくれているだけだ」
 聖にしてみれば、どちらも理仁の人徳のなせる業であるし、その点では変わらないと思ったが、理仁がかたくなに否定するので踏み込むのはやめた。
 その代わり、数年前の今日のことを思い返す。

 

 あの日も、友恵の目を盗んで、夜更かしを敢行していたのだったか。気づかれぬように声を潜めて、なにをしているかといえば弟分の凧を作っているだなんて、あまりのダサさに聖自身笑ってしまいそうだった。
 そのときは、適当に形だけ作って、十兵衛にデコレーションさせて、それを持たせて帰らせようと考えていた。
「あの、ひじりさん……」
「あ? 選んだか?」
「んっと……」
 十兵衛は、右手に空き箱やら何やらを抱え、左手に握っていた王冠を差し出した。
「これをつけたいけど、重さが多くなっちゃうから……」
「んじゃあうまいこと調整しろ」
 にべもなく言い放って背を向けようとしたが、十兵衛は頑なに首を振って、「だって、これはひじりさんがくれたコーラのふただもん……」ぽつりと、そう溢した。
「は?」思わず間抜けな声が飛び出した。「……コーラなんてやったか?」
「覚えてないかもしれないですけど、とてものどが渇いていたとき、ひじりさんがくれたんです」
 そういえばそういうこともあったかもしれないし、なかったかもしれないし、ともあれ記憶にはない。
 だが、十兵衛の方は覚えているという。
「ぜんぶ、宝物なんです。姉ちゃんと食べたポッキーの箱と、ともえさんがくれたキャンディの紙、魔王様と散歩した川辺の石、ひじりさんのコーラのふた」
 ひとつひとつ、十兵衛は宝物たちの生まれを語った。
 聖もなかなか物を捨てられない質だが、十兵衛のそれは聖の目にもかなり強いこだわりだった。
 しかし、そうなるとますます疑問が深まる。
「そんな大事なモン、凧に括り付けていいのかよ」
「魔王様が言ってたんです。『もっと高いところの空気を吸え』って。ボクにも姉ちゃんにも、ひじりさんにも、まだ空の空気は据えないから、代わりに……」
 だんだんと声がしぼんで、最後には聴き取れなくなったが、少年の言わんとしているところは分かった。
 飛べない自分たちの代わりに、宝物に空を飛んでほしいのだ。
 子どもというのは想定外の思考を働かせるもので、それは天才にとっても死角だった。
 そしてこの天才は、弟分の思いを無碍にできるほど、薄情でもなかった。
「……全部付けるぞ」
「え?」
 聖は、十兵衛が抱えてきた宝の山を指してそう言った。十兵衛は大きな目をひときわ大きく見開いて訊ねる。
「重くて飛べなくなっちゃうんじゃ……」
「そもそも凧は飛ぶモンじゃねぇ。飛ばすモンだ」
 口角を上げて見せて、脳内では計算を開始する。あれだけの質量・表面積の大きい装飾をすべて括り付けて、なお空を飛ばすには、どれほどの風量と木枠の広さが必要か。
「科学の力を舐めるなよ。天才に死角はねぇんだ」
 飛ばそう。飛ばすと今、自分が決めた。
 どんな筋でも理由でもいい、自分を頼ってきた相手の、ほんのささやかな願いも叶えられないまま、天才を名乗り続けるなんてできるわけがなかった。

 

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