魔法使いの交響曲

魔法使いの交響曲

第8話 独語

  あやのは、亨が目を覚ましたことに気づき「亨」と名前を呼んだ。 亨は虚ろな目をしていたが、しばらくして目の前のあやのに気づいたように、「おかあさん」と、声にはならなかったが、唇を動かした。 あやのは泣きそうになるのをこらえて、「よかった、...
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第7話 秘薬

 (ーどうか、亨だけでも助けて下さい……)と。 一心に祈っていたためだったのだろうか、男の医師がすぐ傍に立っていたことにしばらく気づかなかった。「……あ、先生……? ごめんなさい、わたし……」「奥さん、落ち着いて聞いてください」 医師は厭に...
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第6話 四番

  佐倉あやのは、消毒液のにおいがする温い空気の中、手術室の前で指を組んで祈っていた。(神様、どうか息子たちを助けてください……) 連絡を受けてすぐに、単身赴任している夫に一報を入れてから病院に駆けつけた。夫もすぐに戻ってくるという。 心細...
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第5話 誘拐

  月曜日。亨は例のごとく、時間ギリギリに女子寮の前に到着した。「もう少し早く起きればいいだけではありませんか」「小野さんはそういうの得意そうだけどね。俺は布団が恋人なの」『トオルったら何言ってるの? トオルは恋人なんていたことないじゃん』...
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第4話 昼食

  金曜日の昼休み。 亨は友人たちと食堂で昼食をとっていた。 話題は午前中の小テストの出来から、週一で抜き打ちテストを行うとある教師への不満を経て、この週末をどう過ごすかに移った。「週末、どうする? 俺は数学の補講」 出席番号四二番、山本平...
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第3話 夏日

 『……サクラトオル、ヨンサイ……』『ゾウキ……ハレツ……』『……ミャクハクガ……』『センセイ、トオルヲドウカ……!』 いろんな人の声が聞こえる。 いろんな人がぼくの周りを走り回ってる。 遠くで泣いているのは、たぶん、お母さん。 そうだ、ボ...
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第2話 菫色

 時刻は午後十時。 白い肌に、同じく白い、肩までの長さの髪を編み込んでうなじでまとめた、すみれ色の瞳の美しい少女が、SLWハイスクールの制服を身にまとって、ひとり、暗い夜道を歩いていた。 暗闇でも目立つその姿に、家路を急いでいた会社員の集団...
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第1話 春眠

 その日、四歳の少年が自宅近くの公園でボール遊びをしていた。 公園の入口に転がっていったボールを、少年は追いかけて、道路に飛び出した。 ボールしか目に入っていなかった少年に向かって、猛スピードでトラックが突っ込んできた。    ❃ ❃ ❃ ...
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プロローグ 空声

 ー今日も、声が聞こえる。『トオル、そこ、右辺が間違ってる。(a+b)(a-b)=a²-b²だよ』 幼い声に従って、俺はノートに書いた文字を消し、書き直す。 教室に響いているのは数学の教師の掠れた低い声だけで、生徒は真面目に黒板を見ながらシ...