魔法使いの交響曲

第13話 分身

 逃げてきたままの検査着から地味な夏用の長袖服に着替えて出てきた亨に、正はキッチンから、「サイズ合ってるかー?」と気の抜けるような声で訊ねた。 亨も「うーん」と、実家で過ごすのと同じ調子で答える。「靴ある?」「ああ、用意しておいた。靴擦れし...
魔法使いの交響曲

第12話 緊急

 昼休み、風音の制服の胸ポケットの中から、ブブブと、スマートフォンが震える音が響いた。「風音、メール? 電話?」「電話。……ちょっと出てくるね」 風音は発信者を確認すると、談笑している友人たちから離れて、人気のない階段の踊り場に駆け足で向か...
魔法使いの交響曲

第11話 白銀

 時は、佐倉亨誘拐事件から、一ヶ月ほど遡る。 佐倉正は、地下三階でエレベーターを降りると、スーツの襟を正した。 ここは、一般の社員は立ち入ることを許されない聖域である。(オレ、なんかヘマしたっけ……?) 急に呼び出された正は戸惑いながらも、...
魔法使いの交響曲

第10話 紫陽

 二日ぶりに登校した風音に、友人は待っていましたとばかりに駆け寄った。「風音、また体調崩したんだって? 大丈夫?」「うん、今回のは軽かったみたい」 風音はにっこりと微笑んで答える。 №1の指示に従って任務にあたるときは、学校を休まなければな...
魔法使いの交響曲

第9話 勉強

  退院した亨には、気づいたことがあった。 あやのが不自然に、護がいなくなったことについて触れないのである。 どこかに仕舞われてしまった護の茶碗やコップ。 亨の目の届かないところに移動されたアルバム。 閉めっぱなしの仏壇の扉。 亨は、このま...
魔法使いの交響曲

第8話 独語

  あやのは、亨が目を覚ましたことに気づき「亨」と名前を呼んだ。 亨は虚ろな目をしていたが、しばらくして目の前のあやのに気づいたように、「おかあさん」と、声にはならなかったが、唇を動かした。 あやのは泣きそうになるのをこらえて、「よかった、...
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第7話 秘薬

 (ーどうか、亨だけでも助けて下さい……)と。 一心に祈っていたためだったのだろうか、男の医師がすぐ傍に立っていたことにしばらく気づかなかった。「……あ、先生……? ごめんなさい、わたし……」「奥さん、落ち着いて聞いてください」 医師は厭に...
魔法使いの交響曲

第6話 四番

  佐倉あやのは、消毒液のにおいがする温い空気の中、手術室の前で指を組んで祈っていた。(神様、どうか息子たちを助けてください……) 連絡を受けてすぐに、単身赴任している夫に一報を入れてから病院に駆けつけた。夫もすぐに戻ってくるという。 心細...
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第5話 誘拐

  月曜日。亨は例のごとく、時間ギリギリに女子寮の前に到着した。「もう少し早く起きればいいだけではありませんか」「小野さんはそういうの得意そうだけどね。俺は布団が恋人なの」『トオルったら何言ってるの? トオルは恋人なんていたことないじゃん』...
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第4話 昼食

  金曜日の昼休み。 亨は友人たちと食堂で昼食をとっていた。 話題は午前中の小テストの出来から、週一で抜き打ちテストを行うとある教師への不満を経て、この週末をどう過ごすかに移った。「週末、どうする? 俺は数学の補講」 出席番号四二番、山本平...