忘却のニュンフェの正歌劇

第3話 帰国子女

 長いようで短かった夏休みが明けて。 亨はいつも通り、朝六時に待ち合わせていたほたると登校した。夏休みもほぼ毎日、ほたるの特別講義のため学校には通っていたので、新学期だからと気持ちが改まるものでもなく、本当に、ここ四ヶ月ほどでできあがってい...
忘却のニュンフェの正歌劇

第2話 ほたる

 小野ほたるは、不思議な少女だ。  さらさらの白い髪に、すみれ色の瞳。透けるような肌と小さくて整った口、鼻はまるで人形のようだが、黒目がちの大きな瞳は彼女の意志の強さを表しているようだった。 日本人離れしたその容姿が気になって、クラスメート...
忘却のニュンフェの正歌劇

第1話 牛丼

 午前二時前。歩行者はおらず、車道を制限速度をオーバーした自動車がたまに流れて行く以外は、静かな深夜のオフィス街。 SLW第一捜査隊恩田班は、市民が寝静まっているそんな時刻であっても、特殊警察組織として果敢に活動していた。 路地に逃げ込んだ...
忘却のニュンフェの正歌劇

プロローグ 誰

 いつも決まった時刻に目を覚ます。 小野ほたるにとって、それは午前五時。部活動はないし、学校まで歩いて数分の寮で生活している生徒としては少し早いかもしれないが、習慣になってしまったものは変え難い。それに、早起きは幾らかの得というから変える必...
幽霊少女の奏鳴曲

エピローグ タージ・マハル

 白く輝く霊廟を仰ぎ、李紅元は「ほう」と感嘆の息を漏らした。「何度も訪れていますが、いつ見てもやはり美しいですね。心が洗われる気がしますよ。そう思いませんか、風音?」 隣に立つ風音は、確かに荘厳だとは思ったがあまり感銘は受けなかった。 ただ...
幽霊少女の奏鳴曲

第29話 ティーパーティ

「少し、言葉に気を使うべきですよ、リヒト。彼女は大変混乱していました」 優雅な所作でカップを手に取り紅茶をすすって、ベアトリクスはそう言った。 理仁は叱られた子犬のようにしょぼんと、「反省している……」と答えた。「無事であるというのに、最初...
幽霊少女の奏鳴曲

第28話 ヒーロー

 目を覚ますと、そこはどこかのベッドの上で、「ミーナ!」と駆け寄ってくる紅眼の少女がいて、床では銀髪の青年がこちらに背を向けて、たくさんの端末に囲まれていた。ああ、まだ終わっていないんだとなんとなく理解した。「大丈夫? まだ寝てなくちゃ……...
幽霊少女の奏鳴曲

第27話 ブラックアウト

 アニルが理仁に斬りかかろうとした瞬間、映像が乱れた。「領域を乗っ取られた!」聖が叫び、ミーナは友人が採った恐ろしい行動に気づいて青ざめた。「アンジュよ! あの子、避難先からあんたの支配権を奪ったのよ!」 ミーナの言った通り、別の領域に避難...
幽霊少女の奏鳴曲

第26話 デリート

 幼い頃から仮面を被って生きてきた。 ニコニコと笑顔を振りまいて、実に『子どもらしい』子どもを演じてきた。 その方が楽だと知っていたから。 職人だった父は、息子のアニルから見てもひどく頑固で融通がきかなくて、大事な客に対しても愛想笑い一つせ...
幽霊少女の奏鳴曲

第25話 マツバラ

 ミーナの研究室の前に到着した十兵衛とミーナは、どうしてドアが叩き壊れているのかと顔を見合わせたあと、そっと部屋を覗き込んだ。持ち込んだ端末に囲まれて、床に座り込んでいる派手な銀髪の男。十兵衛は「聖さん!」と駆け寄り、ミーナは、「へえ、あん...